鼠径ヘルニアとは
Inguinal Hernia
鼠径ヘルニアは、お腹の筋肉の薄いところから腸や内臓脂肪(大網)などが押し出され、 皮膚のところまで飛び出す病気です。
鼠径ヘルニアについて、まずその病名からお話しさせていただきます。医学に使われる言葉は一般的には少しなじみの無いことがあり、解剖学的な言葉で聞き慣れない言葉も含まれています。少し雑学的なお話になりますが、語源を知れば鼠径ヘルニアの原因や身体の構造が見えて参ります。
鼠径ヘルニアとは
鼠径ヘルニアは、脱腸とも言われます。脱腸はその言葉の通り、腸が脱することで腸が飛び出している様で、正常な位置から動いていることです。鼠径ヘルニアの”鼠径”は 鼠(ねずみ)と径(ケイ)の2文字から出来ていますが、先に”径”から説明しますと、径は新しい漢字で実は”蹊”が語源です。 読みは同じで”ケイ”ですが意味のひとつに “こみち” つまり通り道を意味します。医学用語では、鼠径管と言います。何が通るのかというと鼠の通り道だったという事になります。 鼠は何かということが気になりますが、元々は男性の生殖器である睾丸を意味します。
ヘルニアという言葉は耳にされたことが有るかと思いますが、”ヘルニア”という 言葉は、ラテン語で『飛び出る』を意味します。ヘルニアという病名では腰痛の原因になる、椎間板ヘルニアが有名です。つまり何かが飛び出して、通常の状態にない事を”ヘルニア”と言います。
まとめると、睾丸が通った所 “こみち” から腸が飛び出した。という事になります。ちなみに、女性の”こみち”は子宮を支える靭帯(円靭帯)が通った所です。
お腹の中にあった睾丸がお腹の膜の外に出るための道を意味しているので、小さい子ども、中高年の男性が多いというのも納得できる病気です。その道は、筋肉が薄くなっているので血管や男性は精管、女性は円靭帯が通っています。鼠径ヘルニアが女性よりも男性に多い病気であることや、年齢とともにその部分が弱くなって腸が出てくることが理解できると思います。余談ですが、鼠(ねずみ)が道を無事に通過できない事があります。『停留精巣』という病態になります。

人体の構造上の
疾患とも言える鼠径ヘルニア(脱腸)
先の話の通り、人体の構造的に弱い部分を設ける必要があったという避けられない事情が ありますが、もっと深く考えてみると人が二足歩行を始めた頃に話はさかのぼります。足の付け根の筋肉が薄くなっているのは構造上の問題としても、お腹の中にある臓器は腹膜で包まれ、その外を筋膜と筋肉で支えています。 人は立って歩くようになったため、常に重力と戦っています。重力に耐えられない場合は、弱いところから押し出されてしまいます。そのため、横になったときはそけい部の膨らみが戻ります。つまり人間が持つ構造的な弱い部分から発生する病気ですので、人が二足で歩くことをやめない限り鼠径ヘルニアは、なくならない病気かもしれません。
※これは、学術的に証明された事ではなく構造上の問題点と発生のメカニズムをわかりやすく説明したものです。
鼠径ヘルニアの種類
1. 外鼠径ヘルニア(間接型)
幼児と成人が発症するほとんどの脱腸が、外鼠径ヘルニアです。鼠径部のやや外が膨れてきます。鼠径管※の内鼠径輪から腸や内臓脂肪(大網)などが外へ向かって飛び出します。内鼠径輪は、お腹から外へ伸びている血管と精管の通り道の中に腸などが入り込みます。内鼠径輪が拡大して腸や脂肪組織が入りこんで、これが少しづつ大きくなると最終的には陰嚢にまで脱出してくることになります。嵌頓(かんとん)になる可能性も高いです。男女問わず幼児から若年者まで、ほとんどがこのタイプです。中高齢者にも多いタイプですので一般的な脱腸と言えます。当院で初発の鼠径ヘルニア手術を受けられる方の約63%が外鼠径ヘルニアです。超音波(エコー)検査やCT画像診断から、下腹壁動静脈の外側からの突出があれば外鼠径ヘルニアといえます。手術の前にヘルニアの病態を知る事はとても重要で、特に日帰り・短期入院の手術を行う場合には、身体の負担が少なくする事を考慮して、外科医・麻酔医・看護スタッフがチーム一丸で準備致します。
※鼠径管:内鼠径輪から外鼠径輪までのこと。外腹斜筋腱膜、横筋筋膜、鼠径鎌で構成されている。
2. 内鼠径ヘルニア(直接型)
内鼠径輪より内側の鼠径三角(Hesselbach’s triangle)※という場所から腸や内臓脂肪(大網)が押し出され飛び出す形を内鼠径ヘルニア(直接型)と言います。 中年以降、加齢や生活習慣による組織の脆弱化により発症するヘルニアです。中高齢男性に多いのが特徴です。内鼠径輪を通らず腹壁を腸や脂肪などの脱出物が押し出し、ヘルニアが起こります。画像解剖からは、下腹壁動静脈の内側からの突出があれば内鼠径ヘルニアといえます。筋肉の緩みが原因ですので、放置すれば、突出がどんどん大きくなり、手術も困難になる傾向があります。当院で初発の鼠径ヘルニア手術を受けられる方の約22%が内鼠径ヘルニアです。
※(Hesselbach’s triangle)ヘッセルバッハ三角:腹壁の前下部にあり、腹直筋の外側縁・鼠径靱帯と下腹壁動脈に囲まれた三角形領域
3. 大腿ヘルニア
女性に多いヘルニアです。特に多産の高齢の女性に多いのが特徴です。 鼠径部の下のふとももが膨らみます。足への血管の脇へはみ出すヘルニアです。最も嵌頓を起こしやすいヘルニアなので早急に治療が必要です。上記の2つ以上のヘルニアが合併するケースもあります。鼠径ヘルニアは、ヘルニアが起こった場所から3つの種類に分けられます。ヘルニアになる腸は、小腸がほとんどです。まれに大腸もヘルニアを起こしますが、小腸と考えた場合、小腸は直径2センチから3センチ程度ですので3センチ程度の弱い部分があればお腹の力によって押し出すことは可能です。お腹に3センチ程度の弱い部分は誰にでもありますので、鼠径ヘルニアは誰もがなる病気といえます。

当院のデータで見るヘルニアの治療
※どちらも当院データになります。
鼠径ヘルニアの手術費用について
鼠径ヘルニアの治療は保険診療です。その為、医療機関での大きな差はありませんが、以下の例を目安としてお考えください。
※腹腔鏡手術の場合には、高額療養費制度により減額されることがあります。詳しくは、国民健康保険の方は、市(区)役所、町(村)役場、それ以外の方は、健康保険証記載の保険者へお問い合わせください。
※使用する医薬品等によりご負担額が増減いたします。