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鼠径ヘルニア日帰り手術は認定医なしの職人

History of inguinal hernia and day surgery

鼠径ヘルニア手術と日帰り手術 ~1998年からのあゆみ~

巧みな会話は上級な鎮静剤

私が自らのクリニックで日帰り外来手術をはじめるまで、鼠径へルニア手術は基幹病院の大きな手術室で、麻酔科医、看護師2名、医師2名程度で行われていました。
開業医の手術室といってもビル診の一部屋、6畳一間でした。当然無菌管理などありません。
ガウンテクニックと言えば聞こえは良いのですが、要するに速乾性アルコールで手洗い、術衣に手を通し、手術用のゴム手袋、当然、帽子とマスクはしています。
機械は外来使用する縫合セット、術野の消毒はイソジン、穴空きの布を掛け、いよいよ始まり。

恐る恐る局所麻酔を開始、身をよじりながら我慢する患者さんの足を外回りの看護師さんが押さえ込み、右腕にはマンシェットが巻かれ3〜5分おきに看護師が血圧測定。
何とかヘルニアサック(※1)にたどり着く頃、「痛いです…」と身動きする患者さんの声。
ドキドキしながら周囲へ局所麻酔を浸潤。

突然、「夕べのジャイアンツの逆転、興奮しましたよね」「本当に、あれで逆転できなければ、今年の優勝はないね…」。
集中している私は何の邪魔にもならない「会話」。
患者さんの身動きが減り、局所麻酔が上手く効いている…、と思いました。

実は効果的な麻酔は看護師さんの巧みな「会話」が効果を倍増させていたのです。
鎮静剤もなく、ただひたすら局所麻酔の効果だけに頼った手術を滞りなく終了することが出来たのは、患者さんの「気を散らす」巧みな会話だったのです。

今では平均所要時間25分程度の鼠径へルニア手術ですが、1例目は1時間ほどを費やしました。
メッシュ・プラグを挿入、ヘルニア門は6針縫合、後壁補強するオンレイは合計6針縫合しました。
今ではプラグ3針、オンレイ1針の軽い縫合のみです。

すぐに歩行可能な状態ですが、別室で1時間以上安静を保ち帰宅して頂きました。
ガーゼと絆創膏で圧迫をしてお帰りいただき、2日後には外来で処置。そんなドキドキコースでも何とか2週間後には痛みもなく無事通院終了となりました。

今では思い出となりましたが、あの1例目の経過は脳裏に焼き付き、現在の鼠径へルニア手術の工夫の「原点」となっているのです。
外科医、そして外科が大好きな「チーム」にとって全ての始まりでした。物がなくても、人がいなくても、「チーム」で工夫すれば患者さんが求める医療でやれないことはないのかもしれません。

クリニックでの鼠径へルニア日帰り手術は当時誰もなし得ていない医療でした。
これまで成長できたのは「チーム」と「チームワーク」、それを支える向上心と絶え間ない勉強があったからかもしれません。

※1 ヘルニアサック
腹腔の外に飛び出している腹膜をヘルニアサックと呼びます。

認定医なしの職人

昭和56年、高校の同級生より遅れて外科医の道に入りました。昭和27年生まれで、団塊の世代の2年後輩となります。

千代田区の官庁、国会議事堂の立ち並ぶ町中の区立中学へ通っていた頃、「学生運動」が始まりました。「ベトナム平和連合」「中核」…等のデモ行進を目の当たりにし、大きな刺激を受け、アメリカから入ってくる音楽に多感な心は大いに刺激され、受験校である私立高校へ入学。

高校2年「安田講堂事件」、高校3年「よど号事件」。反米、反政府が当たり前の新しい思想を語り合い、本を読み、感化され続け、代々続いている医家であった執行家、「親へ反抗する」ことへ揺らいだ時期でした。

気持ちを立て直し、医学部へ、そして卒業と同時に東京警察病院外科へ入局。5月1日の国家試験の合格発表前からの入局でしたが、当時は「体で覚えろ」の世界へどっぷりと浸かり、毎日寸暇を惜しんで手術、病棟、指示簿作成、検査、当直、そして夜間緊急手術の連続で、体力勝負の時代でした。
「体で覚える手術、感触」を研ぎすましている頃、突然「認定医制度」なるものが始まりました。

当時は麻酔科の「標榜医」のみでしたが、内科、外科へとひろがりました。学位と認定医のどちらが本人にとって重要かは誰も判断の付かない制度であったことを記憶しています。
第2期生として(昭和55年卒業が第1期認定医)資格を取得。10年間有効な資格でしたが、5年後の平成3年12月に開業したので基幹病院からは除籍。「外科認定医」の資格は平成7年に有効期限が終了し、学会へ更新を問い合わせたところ「基幹病院での勤務実績、手術実績、学会への参加がないと更新出来ません」といわれ自然消滅でした。何のための認定だったのでしょうか?

その後「日帰り手術」に取り組み、これまでに数多くの鼠径ヘルニア手術を行ってきた私は学会認定のない、単なる「職人」となったのでした。
患者さんの満足度、治療成績(再発率)は当時より抜群の結果でした。

1999年に学会活動を再開した際にも「認定医」のない外科医は中枢には入れず、単なる開業医の遠吠えになりそうでしたが、当時の日本臨床外科学会会長だった、冲永功太教授の目にとまり一気に「職人から鼠径へルニア治療オピニオンリーダー」へ変わり始めました。

見聞の広い先輩の後押しがあり、日帰り手術、鼠径ヘルニア治療に本格的に取り組む勇気と決断をさせて頂いたことを一生忘れることはありません。

※1 認定医制度
認定医制度は、医学の各分野の高度化・専門化に伴い、その診療科や分野において高度な知識や技量、経験を持つ医師のことであり、現在は、約50の学会がこの認定医の制度を設けており、厚生労働省が55の資格を認めております。
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