鼠径ヘルニア手術と日帰り手術 ~1998年からのあゆみ~
History of inguinal hernia and day surgery
鼠径ヘルニア手術と日帰り手術 ~1998年からのあゆみ~
プロローグ 鼠径へルニア手術の始まり
1991年12月1日は、8年間閉院していた「執行医院」の復活開院式でした。真新しい「執行クリニック」の待合室には、冬とは思えない日差しが差し込み、幼なじみや近所のオジさん、オバさんが大勢集まり「ようやく帰ってきたね」と声をかけていただいたことを思い出します。
私は、新宿区神楽坂が故郷で、大学は新宿にある東京医科大学。研修医から医員として外科医修練を積んだのは隣町の飯田橋にある東京警察病院で、なんだかんだいっても神楽坂から離れることが出来ませんでした。
新規開業医としては、当然、「地域医療」を目的に開院しましたが、計画の段階から「生涯外科医」でありたいという夢を継続するために反対を押切って、入り口には赤色灯を付けた「手術室」を設置。院内見学の方から「盲腸になったら、ここで手術してもらえるの?」との質問に、「開業医はオデキを取るにも手術室を使うのです」と、見栄を張って「生涯外科医」の内心を隠して説明していました。
順調に滑り出し、毎日必死に診療を継続。当初の3年間は日曜日も午前中は診療を継続、知名度を上げるために必死で続けました。体調を崩すこともありましたが、主は休めないという気力で3年間は頑張りました。
1998年6月のある日「先生、右の下腹が腫れて痛い」とご近所の親父さんが来院しました。
明らかに「鼠径へルニア」です。
即座に東京警察病院外科へ紹介し入院、手術をお勧めしたところ、「入院は出来ない、番台に毎日立たなければ」。成る程???お風呂屋さんか・・。1995年の外科学会雑誌で読んでいた鼠径へルニア手術「メッシュ・プラグ法(※1)」が頭をよぎり、外科医のモチベーションをくすぐります。
仲間である看護師に「やってみたい」と素直な気持ちを伝えたところ「やってみようよ」と、勇気づけられ後押しされました。
1998年7月4日(土曜日)午後1時。
「鼠径へルニ外来日帰り手術」が始まりました。
看護師の患者さんへの声掛けも聞こえないほどの緊張のなかで、怖々と1時間もかけて手術は無事終了。
局所麻酔だというのに、1時間以上安静を保ち帰宅していただきました。
ハラハラドキドキの2時間あまりが過ぎ、ぐったり疲れたことを良く覚えています。
この事実を社会へ伝える手段は当時始まったばかりのホームページのみ。
これも自作で始めたのが1998年7月でした。
メッシュプラグ方は、ヘルニアの発症点であるヘルニア門(腸が飛び出した穴)に網のような素材で出来た詰めものです。治療方法について詳しくは、そけいヘルニアの治療の中で説明しています。
日帰り手術の始まり
アメリカで1975年にAmbulatory Surgery Associationとして日帰り手術学会が発足しています。
良く知られていることですが、アメリカには医療保険制度がなく、個人的な生命保険により医療費の支払いが行われています。
低所得者や高齢者を対象とした制度は存在しますが、公的な医療保険制度は、オバマ大統領が苦戦をしているものの、未だに存在しません。このため、入院医療を必要とする疾患では、高額医療費が個人を苦しめていました。
治療の際には出来る限り入院を避けたい、早く社会復帰したい、という要望が強く、その結果、外科治療は一気に「日帰り手術」へシフトして行きました。この流れは今では当たり前の腹腔鏡手術(※1)の登場を誘発したと言えます。
当時アメリカでは外科手術の75%が日帰り手術へシフトをしてゆきました。
頻度の高い「鼠径ヘルニア・痔・下肢静脈瘤」がまずは日帰り手術の代表でした。
日本では遅れること20年、1995年湘南鎌倉総合病院に3ベッドの「日帰り手術センター」が開設。
早朝入院、朝一番の手術、夕方退院のシステムを稼働させました。
全国から多くの患者さんが訪れるほどの大盛況となったようです。
医療保険制度の違いがあっても、早期に社会復帰可能な外科手術は社会のニーズにマッチしていました。
1993年にはDr.RutkowによりMesh & Plug法(※2)が発表されアメリカでは瞬く間に鼠径ヘルニア治療の主流となりました。再発率の低さ、術後の痛みの無さ、早期社会復帰。それまでの鼠径ヘルニア外科手術とは全く違った結果をもたらしたのです。
下肢静脈瘤もアメリカでは特に美容的な要素が多くあり、日帰り手術の代表格に成りました。
執行クリニックでは、1998年7月より鼠径ヘルニアの外来日帰り手術を開始しました。
しかし、保険診療で日帰り手術を行う必要があるのか?というのが、医療者側意見の大勢でした。
残念ながら日本では外科医の技術料より入院費が上回っているのが現状です。患者さんのニーズは早期復帰にあることは私の経験から明らかです。
当時、執行クリニックは毎日100名程の外来受診者がありましたから、経営的に困ることはありませんでしたが、ニーズは「日帰り」が主流と成りつつあることを98年の時点で感じ取り、本格的に「鼠径ヘルニア日帰り手術」を始めたのです。
日帰り手術の出来るクリニックであることは、一般外来受診者の増加にも大きく貢献したことは明らかでした。
腹腔鏡とは、手術のために小さな孔を開けて、そこからカメラや鉗子(手の代わりなるハサミのような器具)を入れて手術を行う方法です。一般的には、大きく切る手術方法よりも患者さまの負担も少なく退院までの時間を短くすることが出来ると考えられています。
※2 Mesh & Plug法
Mesh & Plug法は、ヘルニアの穴を網状の詰め物で塞ぐ手術方法です。詳しくはそけいヘルニアの治療の中で説明しています。