患者様 vs. only you & only one
History of inguinal hernia and day surgery
鼠径ヘルニア手術と日帰り手術 ~1998年からのあゆみ~
患者様vs. only you & only one
何時の頃からか病院や診療所の待合室で「患者様」という呼び方が始まりました。
「しぎょうさま」私がこう呼ばれるのは高級レストランや飛行機の中でのことです。
美味しい食事、愉しい旅行は「ウキウキ」した気持ちで我を忘れることがあります。
そんな時、「執行様」と呼ばれると有頂天となり、「フォアグラにして下さい・・」と叫び、「ビジネスクラスでお願いします・・」と見栄を張ってしまった経験があります。
「○○様」と呼ぶ理由は「遜り(へりくだり)」であり、丁寧に御呼びすることとは違うのではないでしょうか。
鼠径へルニア日帰り手術をメインの仕事と決めた頃、「医療サービスとは何か」を真剣に考えました。
バブルがはじけ不況の中でも病を苦にする患者さんはどんなにお金をかけても「より良い医療技術」を求めてこられることを感じとりました。
技術を提供する際に納得して当院の医療を受けるか、受けないかは、患者さんが決定、選択することであり、無理に押し付け、当院で手術を行うことはお互いにとってunhappy(最善)ではないかと考えました。
病態を説明する際にも難解にならないように私なりにわかりやすく表現、説明する努力を怠らず、納得して手術を受けていただける人だけをお引き受けすることに徹しました。
「遜る」必要は全くなく、「選んでいただける努力と誠意」、そして何より「自信を持った」医療技術提供のサービスに「患者様」は必要ない。
それ以上に「喜んでいただける医療技術、看護技術、事務能力、副医療技術」を磨くことに専念しました。
only you & only one。これこそが我々の患者さんに対するmindになりました。
難しいと感じるスタッフもいましたが、まず患者さんの家族背景、仕事、趣味等々のいわゆる個人情報をきちんと把握して、全スタッフの共通情報(情報共有)として記録することから始めました。
「ヘルニアノート」なるものを作成し、何より問診を担当したスタッフが感じた患者さんの特徴、印象をまめに記録しました。
そうした取組みの結果、手術当日に来院された患者さんへの第一声は「夕べのジャイアンツの逆転、最高でしたね・・」。
緊張は一声で打ち消され、手術が終了してお帰りになる時には「今晩は初回からの先制点ですね、ゆっくりご覧下さい」と声をかけると、ほっとした表情で帰宅されました。
今でも世の中の医療機関は「患者様」と呼びますが当院では、only you &only oneの「患者さん」で統一しています。
既成概念の打破
「鼠径ヘルニア日帰り手術」。それまでの既成概念からはかけ離れた表現です。
1998年7月、開業外科医として日本で初めて当クリニックが始めました。
当時は、本当に出来るの?と、各方面から問い合わせを頂戴しました。
まず、聞かれたことは「麻酔法」でした。腰椎麻酔をしてすぐに帰れることはないだろう、保険は適用になるのか、等々です。
「日帰り手術」はそれからさかのぼること20年。アメリカでは既に1975年にはじまっていましたが、日本では行われませんでした。
原因は、ニーズに対する認識と保険制度の違い、早期社会復帰の希望でした。
最も多く行われている手術は鼠径ヘルニアであることをご存知でしょうか。
胃がん、大腸がん、乳がん、肺がん、その他数多くある疾患の中でも際立って多く外科治療が行われているのが鼠径へルニアであり、現在も変わっていません。
当院が日帰り手術を始めるまで、鼠径ヘルニアの手術は、入院、腰椎麻酔、従来法手術、術後安静で早くても2泊3日、長ければ1週間の入院が常識でした。
その大きな要因は「麻酔法」です。
外来手術は、アテロームや脂肪腫程度の局所麻酔による切除が常識でした。
その既成概念を打ち破り、「局所麻酔」のみで「鼠径ヘルニア手術」を考えました。
1%キシロカイン※120mlと0・25%マーカイン20mlの混合液を使用。
マーカインは麻酔効果の持続時間が長く、帰宅後も除痛に効果的でした。
麻酔部位は? 何か特別な注射部位があるのか? 何もありません。
少量を徐々に浸潤することを心がけました。
東京警察病院外科に1981年に入局した当時の恩師である若林利重外科部長が局所麻酔のみでアッペの手術を行っていたことが頭の中に残っていました。
若林先生曰く、「昭和30年代の胸郭形成術は局所麻酔でやっていたよ」。
当時の私には考えられないことでしたが、同じことを1998年に鼠径へルニアの外来日帰り手術に応用することになりました。
恩師は、少量の麻酔薬を徐々に表層から深部へ浸潤させ、膨隆した部位は軽く揉む、この操作の繰り返しで、アッペのみならず甲状腺も局所麻酔で行っていました。
非常に手際よく、患者さんは苦痛もなく終了したことが脳裏に焼き付いていました。
同じ手技を鼠径部へ応用。腹膜も腹膜前脂肪組織への浸潤を行うことで、お話をしながらヘルニア嚢を操作、plug挿入、固定まで全て完遂されたのです。
既成概念の打破でした。
キシロカインは、局所麻酔に使用する麻酔薬の名。マーカインは、硬膜外麻酔に用いる麻酔薬です。硬膜外麻酔は、鎮痛作用の高い麻酔薬で局所麻酔のひとつです。