日本短期滞在外科手術研究会
History of inguinal hernia and day surgery
鼠径ヘルニア手術と日帰り手術 ~1998年からのあゆみ~
日本短期滞在外科手術研究会
「日本短期滞在外科手術研究会」の発足は、必然からの始まりでした。
アメリカでは1975年頃から「日帰り手術」、そして「日帰り麻酔」が始まりました。
その理由は、DRG/PPS(※1)という一疾患に対して定額の診療費が決められ、出来る限り早い社会復帰が求められるようになったという事情があります。
一方、日本は世界に誇れる「国民皆保険制度」により、何時でも何処でもどんな疾患でも医療技術による差をつけることのない同一料金であり、患者の負担は多くても診療費の3割という制度でした。
それぞれに一長一短があり、日本では当たり前のように医療機関は全ての診療を担当しなければならない、という共通認識だったのではないでしょうか。
アメリカでは、DRG/PPSの下、得意とする疾患をアピールすることにより病院、あるいはクリニックの運営を心がける状況でした。
病気は悪性と良性に分けられますが、外科手術も同様です。悪性疾患は、国策として拠点病院を中心に統計的分類により方向性を決定し、国庫より補助を行い、国民の健康を維持する取組みが進められています。
良性疾患は、それぞれの医療機関において保険診療の下で扱うことになっています。
問題は治療法によって大きな差が生じ、結果に差が出ることです。
悪性疾患治療に関する情報はさまざまなところから提供されているので、患者には選択の自由がありますが、良性疾患のほうは少し事情が違います。
新人であろうが30年目のベテラン医師であろうが、また得意とする外科医であろうが不得意な外科医であろうが報酬に差は生じませんが、結果は大きく違います。
良性疾患の治療は生命に異常を来すことはないが、QOLが低下して日常活動に支障を来すことはあります。
1998年7月に私が鼠径へルニアの日帰り手術を始めた頃は、1週間程度の入院治療を要する従来法が一般的でした。
日帰り手術は、術後のQOLも良好で、評判が評判を呼ぶようになって受診者が急増しました。
これらの情報を公開するためにホームページを立ち上げ、学会活動も再開。
2000年頃より全国から見学が殺到し始め、2002年頃からほぼ毎晩のように全国の医師からメールの問い合わせがくるようになりました。
この手術の有用性は誰もが認めることとなり、「日帰り手術」の有用性が多くの外科医に認識されるようになりました。
そんな頃、同じ方向性を持った仲間と研究会を立ち上げようという話になり、日本短期滞在外科手術研究会の発足となったのです。
何故、開業医が手術をするのだ
2004年7月、全国から鼠径へルニア日帰り手術に興味を持ち、自ら開業外科医として始めようとしている人、あるいは始めたばかりの同士が東京の浜松町に集いました。
当院からは看護師長、医療事務スタッフ2名、私の4名が参加。
腹腔鏡下手術の第1人者である帝京大学溝口病院外科の山川達郎先生に最高顧問として相談役をお引き受け頂き、今後の日帰り手術について情報交換、人的交流、学術研究会の推進等についてディスカッションを交わし、「日本短期滞在外科手術研究会」として発足する運びとなりました。
その後、第1回学術研究会を2005年3月に行う準備に入りました。全国区の研究会発足のために定款作成、規約作成、世話人選定、代表世話人選定等、日常診療を終え、夜な夜な書類や案内状の作成、資金管理、各種の準備に奔走したことを思い出します。
多数の学会や研究会がある中で、一開業医が立ち上げ、民間医療機関を中心に連携を取るための準備は今考えると恐ろしくなるほどの仕事量でした。
保険診療において「日帰り手術」は医療者サイド、特に病院にとって何一つ経営的メリットはありません、外科医は開業してしまえば「メスを置く」ことが常識でしたし、今でもそう考えてメスを置き、開業される外科医が多くいます。
手術は入院の出来る病院で行うものであり、開業医は診察と検査を中心にそして在宅医療を行うことによって経営基盤を作っていました。
リスクを冒してまで開業医が手術を行う理由は何でしょうか。
このことは、発起人会では議論になりませんでした。
「この手術は日帰りにより十分に根治出来るし、患者の満足度も高い」という確信が発起人の方々にはあり余るほどありました。
何故私がこのような研究会を立ち上げたか。医者は純粋に患者に向き合います。
その結果、自己犠牲を払うことになってもより良い治療を行う人種であり、数多くの病院や開業医は経営的脆弱性に甘んじて医療行為を継続していたのです。
より良い医療技術の提供には多くの協力者、物品、時間、場所が必要になります。
その結果、診療報酬制度では賄いきれない支出が経営基盤の脆弱を招いていました。
我が国の技術料の評価は物品や薬剤費より低いのが実情です。
医師が高い技術と学問水準をもって提供する医療に対する評価は不十分ですが、このことはマスコミも行政も認めてきませんでした。
患者さんも自ら罹患しない限り関心を払うことは少ないのです。こうした矛盾が本研究会の最大のテーマとなりました。
より良い外科治療を行い、経営的基盤を自ら考え、そしてより良い外科治療を行うための取組みでした。